
丘の上から、風に乗って音楽が流れてきます。
ニースの5月祭りの週末。
赤と白のストライプのドレス。花の帽子。石畳に響く笑い声。
南仏の陽射しの中で、人々は歌い、踊り、春の終わりを楽しんでいます。
バルコニーの窓を開けると、眩しい光と若葉の緑が部屋いっぱいに広がりました。
その景色を見ながら、ふと思います。
「ああ、私は今、本当に地中海の見える街に住んでいるんだ。」
昔、ハワイで出会ったフランス人の夫に、何気なく言ったことがありました。
「もしフランスに住むなら、ニースがいいな。」
すると夫は少し困ったように笑いながら、
「天文学の仕事は、ニースでは難しいかもしれないなぁ。」
と答えました。
けれど今、私は少しずつ、自分自身の物語を描こうとしています。
それは大きな決意というより、ずっと遠くで聞こえていた小さな音に、ようやく耳を澄ませ始めたような感覚に近いのかもしれません。
小学校からの友人が、昔の私の言葉を覚えていてくれました。
「いつか、自分の絵のある本を描きたい。」
私はそのことをすっかり忘れていました。
けれど今、確かに私は、その場所へ向かって歩き始めています。
振り返ると、子どもの頃から私は、人の心の空気を静かに見つめる子どもでした。
笑顔の奥にある寂しさや、不安や、言葉にならない感情。
そういうものを、なぜか強く感じ取ってしまうことがありました。
ポピーは、8歳頃の私の感覚から生まれたキャラクターです。
男の子のようでもあり、女の子のようでもある、中性的な子ども。
ポピーは何かを説明するためにいるわけではありません。
ただ世界の中にいて、見て、感じて、ときどき立ち止まりながら、自分の歩幅で歩いていきます。
まだ世界と自分が、はっきり分かれていなかった頃の心。
ポピーには、そんな子どもの感覚が残っています。
そしてもうひとり、「おしゃれなおばあちゃん」がいます。
そのモデルになっているのは、私の祖母です。
戦争や病気を経験しながら、生きることや心について学び続けた人でした。
けれど物語の中のおばあちゃんは、何かを教える人ではありません。
誰かを導こうとするわけでもありません。
ただ、そこにいる。
それだけで、閉じていた心が少しゆるみ、止まっていた風が静かに動き始めることがあります。
このブログでは、作品のことだけを書くつもりはありません。
南仏での暮らし。
市場で聞こえるフランス語。
朝のパン屋の匂い。
地中海の夕暮れ。
ふと心に浮かんだ、小さな感情。
そして、ポピーやおしゃれなおばあちゃんたちの世界が、どのように現実の中から生まれてくるのか。
それらを分けることなく、静かに綴っていけたらと思っています。
これは作品の説明というより、作品が生まれていく場所の記録なのかもしれません。
まだ始まったばかりの小さな流れですが、
この流れがどこへ向かっていくのか、私自身も楽しみにしながら、少しずつ言葉を置いていこうと思います。